カテゴリ:きげんよくくらす

  • 仲間はバラけているほうがいい
    [ 2012-05-03 21:19 ]
  • やわらかさを得るために鍛える。
    [ 2012-02-27 18:54 ]
  • これから先、マーケティング的な話をするなら。
    [ 2012-02-21 21:50 ]
  • 結果としてどう活動におちるか その1
    [ 2012-02-18 15:51 ]
  • 作っている人から直接買う
    [ 2012-02-10 21:36 ]
  • 「個人の時代」に機嫌よく暮らしていくためのコツを探す
    [ 2012-02-06 16:26 ]

仲間はバラけているほうがいい

ハイパーメディアクリエイター氏の
「アイデアは移動距離と比例する 」という主張にとても共感しています。

んで、わりと似たロジックかもな、と思っている信条が、
「仲間はなるべくバラけているほうが良い」ということ。

毎日、シゴトしているわけですから、
一人でそこまで移動距離はかせげない時もある。

でも、仲間が日本の、いや世界のあっちこっちにちらばっていれば、
そしてテクノロジーを活かして、まるでとなりにいるように話したり、
もちろんフットワーク軽くリアルに顔を合わせる機会を大事にしていれば、
いざという時「いっしょにできることのアイデア」はその物理的な距離に比例する。


人の集散が激しいプロジェクト単位の仕事をしていて、
とにかく駆け出しの20代までは、
「今、近くにある人間関係に集中すること」で精一杯でした。

同じような業界、同じようなノウハウ、同じような常識。
そこでシゴトしていくことが必要でしたし、
なんとかやってこれていたのは、やっぱり同じ基準で
ものごとを判断していくヒトで集まっている環境だったから、
というのは正直ある。

30歳をすぎた頃からか、
一緒に働いていた仲間が他分野の動きを始めたり、
自分も4tracksの活動を本格化していく中で、
今までの「職場感」を超えた、物理的にも広がりのある人の縁、
ネットワークが構築できてきたように思います。

だんだんと、それまでよりも魅力的なシゴトをさせてもらえるようになり、
それによって、ひとつひとつのプロジェクトで共有する体験も、
今まで以上の深さ、が増してきた最近、変わらず集散が激しい中、こう声を掛け合う。

「お互い別のシゴトをしている状況でこそ、
 『あ、コレあいつとやったら化けるな』
 みたいな発想を持てるといいね、
 『コレ、あいつに教えてやろう』みたいなのも」

「一度、良いシゴト体験を共有した人間が、
 いつまでもくっついているんではなく、
 できるだけ離れたプロジェクトや業界、
 そして離れた土地でシゴトしているってのは
 っていうのはすごく恵まれている状況に違いない」

プロジェクトの終わり方は色んなカタチがある。
良い終わり方も、後味の悪い終わり方も。
最高に楽しかったシゴトをともにした仲間との別れは
べつにいつだって会えるのに、どこか寂しさが漂う。

それぞれ別の日常に歩き出す際に、
振り返ってまた確かめられるように、
精一杯強がっているのかもしれない。

あ、言い方は逆かもな。

「バラけていても、
 仲間と思えるやつがいるのは
 最高にステキだ。」かな。


by 4tracks | 2012-05-03 21:19 | きげんよくくらす | Comments(0)

やわらかさを得るために鍛える。

一年ほど前に体調を崩したのがきっかけで
その回復の一貫で、ヨガに通うようになりました。

それまでも、筋力トレーニングと
バイク/ランの有酸素運動はしていましたが、
同じ運動する習慣でも、
こうも効果が別のところに出るのかとびっくり。

今までのトレーニングが筋肉や持久力を増やす、
つまり体を「強く、固めていく」イメージだったのに対し、
ヨガのレッスンは、その逆だったのが一番の発見でした。

ストレッチをしながら、
意識的な「呼吸」組み合わせていったり、
体の中の「クセ」や「かたさ」、「痛み」などを
スキャンしたり、時には今の思考の状態に注目したり、
自分の中の状態を把握して、それを動きによって緩めていく、
つまり「やわらかさを得るための鍛錬」のように思えたからです。

「もうけもの」だったのは、体の状態をスキャンして、
通常の状態にもどすための方法論を身につけることで
同時に精神的なストレスにも対処できるようになったこと。
これから暮らしていく中で、とても大事なスキルになりました。
みんなが突き詰めていってしまうのは大いにわかります。
(僕自身は、ものすごくライトなヨギーです)

そうやって、強さを得るための運動だけでなく、
「やわらかさを得るための鍛錬」をすることが
あらゆる面で生活を変えてくれることを知ったのが一年前。

そして最近、この構図は
シゴトも含めた生活全般でも同じだなと思うようになりました。


我々はシゴトを続けたり、年を重ねることで
「これから起こることに対処できる経験値」を得ることができます。
新たな局面に出くわした時に、過去の経験ストックの中から
使えそうなものを選び、そこから得られる仮説に基づき
行動を起こしたり、決断を下したりしますよね。

経験ストックが多ければ多いほど
そのスピードは早くなるし、そこから成功体験を
得るうちにその行動パターンはだんだんとブレない、
強いものへと昇華されていくように思います。
つまりこれが冒頭に述べた「強く、固めていく」イメージ。
このこと自体はもちろん必要ですし、経験で固めていくことで
得られる「その人らしい行動パターン」というものが
人格の魅力となっていくことも事実です。

ただ、あまりにも日常生活の中で、
この「強く、固めていく」サイドが
フォーカスされるいないか?と疑問がわいたわけですね。


きっと自分自身で考えてみても、
わかりやすい考え方ですもんね。積上り式だし。
スキルアップ、キャリアアップ・・・ぜんぶ積み上げ論。

ただ、いろーんな人に会って話をして、
そしておシゴトをご一緒していくと、
「強く、固めていく」ばかりであることの弊害もまた
多いことにも気がつきます。

自分の経験、趣向、志向、方法論、成功体験、価値観。

積み上げてきたものに依るばかりで
人とのコミュニケーションで得られる新しい価値に
気づかない、受け入れられない、そもそも見ようとしていない。
そういうことになってしまっている人や組織がいっぱいあります。


そのことに気づかせてくださったのが、
今、おシゴトをご一緒している依頼主さんのお一人。

ものすごくこだわりが強いし、
経験も実績も重ね、年齢も大先輩。
その方との打ち合わせ、デザイン案のFBでのやりとりにハッとさせられた。

先方の希望はハッキリと伝えられつつ、半分くらいの発言は・・・
「このデザインにはどういった意図があるんですか?」
「どういう狙いでこのレイアウトになっているんですか?」
「例えば、このサイト(同業の方のもの)を見てどういう印象を持ちますか?」
という、こちらへの投げかけ。

正直を言えば、一次アップの段階だったので、
先方の意図と違う部分もたくさんあったのだと思う。
でも、「まずはこちらの意図を理解し、良いと思うものがあれば取り入れようとする」。
なんとやわらかく、かつしなやかなんでしょ、と思いましたよ。

はたして自分は、同じようにできているだろうか?
同じように、ヒトのシゴトを大事に思えているだろうか?
そして誰かとの縁によって得られる新しい視点を
自分のものに取り入れられているだろうか?

自分の信念や方法論は素晴らしいものだけど
「執着心の裏返し」ともいえる。

どうせ何かをするならば、
今までとは違う何か新しいものに対する「好奇心」を持って、
取り組もうとあらためて思いました。

そもそもそれを受け入れようというベースの姿勢を持つか持たないか。
なんというか人生でトクをするのはどちらかと。

正直、コレが自分または相手に欠けていたがために
良い結果にならなかったケースもいくつかあるなぁと反省。

長くなってきたのでこのへんで〆るんですが、
さらに納得度が高まるオチは、
このことに気がつかせてくださった依頼主さんが
太極拳のエキスパートであるということ。

さらに、その生徒さんの体験談に必ず入っているエッセンスが
「フィジカルな効果だけでなく、集中力や平常心など、メンタルの効果を感じる」
であったこと。

ほらやっぱ、そういうことなんですよ。

カラダとココロはつながっていて、
固めていくことと、やわらかさを得ることは両方必要で、
それに意識して鍛錬していくことが必要なんだという証明かと。

フィジカルもマインドも、
鍛えることで得たいものは「やわらかさ」だなと思います。


そのほうが、ぜったいにきげんよく暮らしていけると思う。

by 4tracks | 2012-02-27 18:54 | きげんよくくらす | Comments(0)

これから先、マーケティング的な話をするなら。

「ターゲット設定」みたいな話の流れで
「どれくらい多くの人がいるか」を議論するのは
なんだか20世紀的なものであって、これから先は
「どんなライフスタイルのひとたちと関係性を築きたいか」
を考えるのが正しいのだと思います。


セグメンテーションってのも違うよ。
そういう因数分解的なものでもない。

もはやそれがマーケティング、という言葉の定義から
はみ出すのであれば、マーケティングの時代ではないのかもしれません。
いいんじゃないでしょうか?そのほうが機嫌よくシゴトできますし、
提案にも愛や熱がこもるというものです。

相手を想定するのはいっしょ。
相手に対して、どういう意識を持つのかが変わるって感じでしょうか?

by 4tracks | 2012-02-21 21:50 | きげんよくくらす | Comments(0)

結果としてどう活動におちるか その1

前回、機嫌よく暮らしていくために
・いち生活者として、もう物は作り手さんから直接購入したい
・作り手さんと購入する人とがダイレクトにやりとりすると、
 暮らしかた(今回はお金の使い方のほう)自体もずいぶん変わる気がする
・両者が直接出会うチャンスはweb、ソーシャルメディアを通してすごく増えているし、
 物理的なエリアを超えた価値の共有を成立させるために、
 個人でできることはたくさんある

というようなことを書きました。

すると自分で気になってくるのが、
作り手さんと購入者の間に入って、
両者をつなぐ第三者の存在意義。
そういうのって必要?という自問自答。

もちろん上記のような文脈だと、
理想は作り手さんが自分で『伝えかた』を考えて、
ツールを選び、そしてお客さんとのダイレクトコミュニケーションを
プラン通り具現化していくことになるかなぁと思います。

ただ、今までの活動している中で、
「そうもいかないのよ」という話を多く耳にします。
作り手さんは、やはり「作る」ことや店舗の営業などに忙しく、
プロモーションに手をつけようとすると、
どうしても動きが遅くなってしまうことがあるとか、
ツールとしても限られた時間で手をつけやすいweb上のサイト構築サービスや、
手軽&安価だったりする(実は安価じゃないけど)ショッピングサイトへの出店などに、
選択肢が留まってしまっていることが多いということ。

こだわりを持って、他の人と全く違うモノづくりをしている人たちが
それを伝えるためのコミュニケーションの段階で、動き出しが遅くなってしまったり、
アウトプットが他の人と同じようになってしまったり、ということがあり得る。

他にはない価値を生み出している人たちと
その価値自体にアクセスしたいと思っているひとたちが
エリアを超えて、もっと効率よく出会えたらよいのに!

みんながもっとコミュニケーションのツールで、
もともと持っている個別性を表現できたらいいのに!

そんな問題意識を持っています。


お手伝いができるとしたら、そして「したい」と思うのは 、
動き出すための計画と実行に伴走させていただくこと。
つながるべき人どうしがつながれるコミュニケーションのシナリオづくりと
個別の価値が、「個別性を持ったまま伝わる」具現化だと思います。
しかも、なるべく作り手さんのセルフプロデュースに近いカタチで(これ重要)。

うまくいけば、「作っているひとから直接買う」ハードルを
少しずつでも下げることに加担できる。

世の中がそうなったらいいのに、と
そのために自分がしたいこと、がここへきて
今まで以上に一致してきた気がして、すごくホッとしています。

お手伝いをさせていただくために
必要なステップは何かなぁと、今までの活動を振り返りまとめると・・・

1:コアとなっている価値の掘り下げ
 (売り文句の材料ではなく、半ば潜在的に持っている価値のイメージ)
2:その価値に共感してくれる人はどんな人か、の細かい議論
3:価値をもっともよく体現している商品の特定や、「エッセンス」の抽出
4:商品を提案・提供し、FBを受けることで
  どういう価値観形成が広がっていくかの議論
5:リアル、web双方をまたがり、どのようなツールを使えば、
  4のストーリーが成り立つかの検討
6:最後に一番大事な文脈が、最もわかりやすく伝わる演出方法の選定と具現化
  =どうイメージとして伝わるようにするか


あたりではないかと実感しています。
言葉としてはまだ練りきれていませんが。

基本、マーケティングのフレームワークに限りなく近いですが、
今までの「線を引いて、整理していく」感覚よりは、
「対話によってひたすら深く掘り下げていく 」イメージ
です。
このニュアンスの時点で、リアルだろうがwebだろうが、
今までのやり方とはアウトプットがぜんぜん変わってくるんじゃないかと思います。

これからも価値を創りだすステキな人たちと
その受け手であったり、時にはお手伝いをする立場になったりして
価値観を共有しながら機嫌よく暮らしていけるように、
日々を過ごしていきたいなぁと望んでおります。

by 4tracks | 2012-02-18 15:51 | きげんよくくらす | Comments(0)

作っている人から直接買う

機嫌よく暮らすための軸を考えた時に
いちばんはじめにストンと落ちたのがコレ。

「なるべく作っている人から直接買う」

今となっては、
服も家具も、雑貨も食べ物も、
できるのであれば音楽や鑑賞作品だって、
なるべく作った人から直接受け取りたいし、
対価を直接お支払いしたい。

どちらかというと、まずは生活者目線から。

20代、ホントに興味の向くままの「消費」をして
(もちろん、それが「投資」でもあったわけですが)
今、世の中の変化とあわさって、
「新しいこと」や、「たくさんあること」そのものに
価値を感じることが少なくなってきました。

とくに、「どれだけたくさんのものを持っているか」に
関しては、むしろ不便なんじゃないかなんて自覚もあり、
(それでも「捨てることで癒される」なんてのは不健全な話ですね)
これから新しくものを手に入れる時には、
日常的なものにしろ特別な機会にしろ、
かなり意識的に選び取っていきたいと思うようになったわけです。



で、その時になぜ「作っている人から直接買う」ことなのかと。
それにはいくつか理由があります。

1:「長く使えると確信できるもの」だけを持ちたいから
「直接買うと、長く使えるのか?」というツッコミもあるとは
思うのですが、僕には割とするりとココがつながっています。
「どんなものがほしいのか相談できる=自分にぴったりのものが手に入る」
「相談の過程を通して、自分はいったい何が欲しいのか、が内観できる」
「物を通して、自分と作る人との間に生まれる縁、それが愛着になる」
言葉にすると上記のような感じでしょうか?

すべての作り手さんがそうだとは限らないけれども、
僕が共感をする作り手さんたちは、
「いかに使う人に合う物を作るか」「長く使われ続けるか」に
重きを置いてシゴトをされているように感じます。

あちこち回ってそういう方たちと触れ合ううち、
「あぁ、この方たちから提供してもらうモノだけで基本の暮らしが成り立つ」
と思えたし、その暮らしはきっと居心地が良い。

新しく手に入れるものだって、「次は何が流行るのか?」ではなく
「作り手さんがどんな新しいものを生み出すか?」という
文脈で楽しみにすることができる。

「買え買え攻撃」によって生み出される楽しみではなく、
「ひとの縁がベースにある新しい価値への期待」であるぶん、
あたたかみのある消費である気さえするのです。

定期的にあるUZURAさんやNative Worksさんの展示会を楽しみに待ち、
Indigoやconomiの商品に個別のオーダーを反映してもらったりすることは、
今のところ僕にとって一番楽しい買い物であり、体験価値です。

食べ物だって、そうだと思うのですよ。
ひとつの商品を長くは使う、にはならないけれど、
「食」に対する価値観を共有したうえで、
生産者の方との縁の中で、納得したものを「購入し続ける」ことが、
自分にとっては大切なことなんじゃないかと思います。

個人で、農家や水産業の方と契約して、が理想ですが
勉強不足でまだちょっとココ確立できていません。
どなたか、個人契約できるステキな生産者さん、教えてください。

2:物の価値を決め、守り続けるのは個人同士かも
ちと抽象的ですが、世の中の仕組みが変わりつつあるとはいえ、
変わらないのは、モノの価値を決めているのはけっきょくは人だということ。

作り手さんが生み出した価値を、
受け手である自分がどのように解釈し、それを支持したいかどうか判断する。
その判断は最終的には1対1の構図であるべきで、
ここまで飽和状態のマスのプロモーションによって決められるものでは
ないんじゃないかと考え始めてます。

「直接買う」ことでのコミュニケーションは、
作り手と受け手の協業による価値づくりなんではないかと、そう思うのです。

3:そしてなにより、「直接買う」ということが可能な世の中だから
Webをパーソナルメディアとして利用するハードルがここまで下がり、
ソーシャルメディアを使いこなすことでの「個人の発信力」がここまで整った今、
エリアを超えて作り手さんと買い手さんがつながるチャンスは
かつてないほどに高まっていると感じます。

ここでいうのは、ネット上の大小ショッピングモールに出店するということではなく、
まさに「ダイレクト」に両者がつながることが可能になってきているということ。

ただ、それには両者お互いに
構造の理解やスキルの習得が必要であることも確か。

だから今、生活者としてあらためて
「どうすれば理想的な価値のやりとりができる仕組みが成り立つか」
を議論する必要があると思っています。

今までにないほどに、個人の単位で
商品とそれを届けるまでのコミュニケーションの「再定義」を
考える時に来ているんじゃないかと思うんです。

世の中の仕組みが、個人単位の議論で
確実に変わっていく予感に、ぶるぶるする毎日です。

次回は視点を変えて、
じゃあプロモーションのプランニングに第三者は必要ないのか?とか、
4tracksとして考えた時に、何に重きを置いたらいいんだろう?ということを
ぐるぐる考えてみたいと思います。

by 4tracks | 2012-02-10 21:36 | きげんよくくらす | Comments(0)

「個人の時代」に機嫌よく暮らしていくためのコツを探す

ブログのカテゴリに「きげんよくくらす」を加えました。
ホントは、ちくちく作りためて、メインサイトのほうで
まとめ出ししようとか思ってたんですけど、
おつきあいのある方々にリアルタイムで共有をして、
ご意見をうかがったほうが、よっぽど今日的だし、
4tracksの各活動への反映が早いだろうと思い、
大げさなフレーム無しに、ブログのイチカテゴリにしてみます。

もう何度か書いていることだけれど、
時代がそう思わせるのか、はたまた自分の年齢がそう思わせるのか、
働くも遊ぶも「今まで通りのやり方では機嫌よくやっていけない」
気がしています。

「3.11後」、「なんとなく先の見えない世の中」
そういうことも、もちろんあるんだろうけど、
ただ悲観的にそう考えているワケではなく、
むしろ新しい「暮らし方の軸」を探す良いチャンスが到来したと、
ワクワクしているというのが本音です。

「暮らし方の軸を変える」ってのは具体的にどういうことか?

わかりやすく考えを整理するために、
それは「時間と、お金のかけどころを変えるということ」と結論づけました。

裏返すと
今までと同じものに時間とお金を投資しても、
今までのように機嫌よくやっていけない

という結論に達したということです。

じゃあ、これから何に時間とお金を使っていったらよいのか?
すぐに答えの出ることではありません。

ひと時代前であれば、自分なりに答えが出せるまで、
アウトプットは控えるのがスタンダードだったのかもしれません。
(しかも極めてパーソナルな価値観の問題ですから)
でも今は、プロセスをシェアして、
それに関わってくれるひとたちみんなで答えを見出していく、
そんな行為を楽しめる時代です。

幸い、Webをパーソナルメディアとして
フル活用するツールも揃っています。
だから、いったん仮説を出して、実行してみる。

そのプロセスをまわりの人たちとシェアしてみて、
ホントに楽しいか、検証してみる。
そういう活動をしてみようと思いました。

これから、このブログカテゴリで
「こんな軸で暮らしていったら、きげんよくやれるかな?」
というのを書き綴っていこうと思います。

なるべく、
4tracks/キクチ個人としての
境界線を無くすイメージで。
だって「働くも遊ぶも」ですから。

偶然でも目にしてくださる機会があり、
なにかリアクションをいただけるようなことが
あれば、大変うれしく思います。

まずは、前段。
次回から、具体的な話に入っていきます。

by 4tracks | 2012-02-06 16:26 | きげんよくくらす | Comments(0)