「アイデアは移動距離と比例する 」という主張にとても共感しています。
んで、わりと似たロジックかもな、と思っている信条が、
「仲間はなるべくバラけているほうが良い」ということ。
毎日、シゴトしているわけですから、
一人でそこまで移動距離はかせげない時もある。
でも、仲間が日本の、いや世界のあっちこっちにちらばっていれば、
そしてテクノロジーを活かして、まるでとなりにいるように話したり、
もちろんフットワーク軽くリアルに顔を合わせる機会を大事にしていれば、
いざという時「いっしょにできることのアイデア」はその物理的な距離に比例する。
人の集散が激しいプロジェクト単位の仕事をしていて、
とにかく駆け出しの20代までは、
「今、近くにある人間関係に集中すること」で精一杯でした。
同じような業界、同じようなノウハウ、同じような常識。
そこでシゴトしていくことが必要でしたし、
なんとかやってこれていたのは、やっぱり同じ基準で
ものごとを判断していくヒトで集まっている環境だったから、
というのは正直ある。
30歳をすぎた頃からか、
一緒に働いていた仲間が他分野の動きを始めたり、
自分も4tracksの活動を本格化していく中で、
今までの「職場感」を超えた、物理的にも広がりのある人の縁、
ネットワークが構築できてきたように思います。
だんだんと、それまでよりも魅力的なシゴトをさせてもらえるようになり、
それによって、ひとつひとつのプロジェクトで共有する体験も、
今まで以上の深さ、が増してきた最近、変わらず集散が激しい中、こう声を掛け合う。
「お互い別のシゴトをしている状況でこそ、
『あ、コレあいつとやったら化けるな』
みたいな発想を持てるといいね、
『コレ、あいつに教えてやろう』みたいなのも」
「一度、良いシゴト体験を共有した人間が、
いつまでもくっついているんではなく、
できるだけ離れたプロジェクトや業界、
そして離れた土地でシゴトしているってのは
っていうのはすごく恵まれている状況に違いない」
プロジェクトの終わり方は色んなカタチがある。
良い終わり方も、後味の悪い終わり方も。
最高に楽しかったシゴトをともにした仲間との別れは
べつにいつだって会えるのに、どこか寂しさが漂う。
それぞれ別の日常に歩き出す際に、
振り返ってまた確かめられるように、
精一杯強がっているのかもしれない。
あ、言い方は逆かもな。
「バラけていても、
仲間と思えるやつがいるのは
最高にステキだ。」かな。







